創作幸房:稲岡辰夫の重大事故から子供を守るセミナー資料室

信頼性設計の考えを事故防止の組織運営に応用する

ミスの重なりを防止するために信頼性設計の考え方を紹介します


家電製品では子供や高齢者がどんな操作をしてもけがをしないように・・・

故障しても火を吹いたり高温になって火事の原因にならないように・・・

多くの安全への考えが機器の設計の基本には含まれています。


これらの考えは部品の中にも取り入れられています。

例えばコンデンサーなどは壊れても絶縁に向かうように、

ショートへは向かわないように設計されています。


電源関係の部品は特に慎重に設計されています。
(もちろん人の設計なので設計通りいかないことも多くあります)


ここで参考に紹介したいのはシステムとしての動作です。


機器の機能を部品レベルや電子回路レベルのさらに上の階層

ブロックダイアグラムでその機能を考えた時に気付くことができます。


組織で動く場合はその機能レベルで考えると同じ思想を適用できます。

プロセスはその入力と出力で考えると組織・仕組みとして人間が動いても同じように適応できると考えられます。
(あくまで機能レベルでの話です)


人としての感情は細やかさや目的など間接的には人の組織のなしうる結果に大きな影響を与えますが、命を守るプロセスでミスの連鎖を防ぐ場合にはむしろその影響を排除する必要があります。


そう考えれば信頼性設計の考えは命を守るためのミスの連鎖の防止には応用できると思います。


信頼性設計には大きな三つの手法があります。

 1.フェイル・セーフの考え方


   壊れた場合は危険側と安全側に分け、安全側になるように動く


 2.フォルト・トレランスの考え方


   組織の機能(仕組み)が少しでも働き続けるように動く


 3.フール・プルーフの考え方


   仕組みや原理を理解していなくても安全が守られるように動く



実際の仕組みを考える参考にしていただけるようにこれらを順に取り上げます。



トピックス:フォルトトレランス1

福島第一原発の非常用電源はなぜ働かなかったか

いったい何が重大な事故に至らしめたのでしょうか?

その1: 「非常用電源は地下にあった!」? 海の傍でどうして/なぜ?

初めに非常用電源の設置場所を考えてみましょう。
この原因は黎明期の制約が原因の一つになっています。

当時は日本で最も古い世代の商用原発だったことからアメリカでの前提と設計をそっくりそのまま日本に持ち込んだのです。
安全を確保する必要から、ターンキーパッケージ(設備の細部まで設計はほとんどGEが行い、東電は完成後に引き渡されて運用する)の条件で福島第一は建設されたのです。
リスク管理では最悪条件に備えることが含まれています。

アメリカの気候で最悪の条件とはいったい何でしょうか?
それは地震でも津波でもありません・・・

大型のハリケーンが思い浮かぶかもしれませんが、強風という点ではトルネード(竜巻)が第一に挙げられます。映画の場面でも描かれていますが、危機迫る状況で家族全員が向かう避難場所は? お察しの通りそれは地下です。地上部分がすべて無くなっても頑丈に作られた地下はシェルターとして機能し、安全を確保できたのです。アメリカでは備えるべき最大の危機は津波ではなかったのです。日本では備えるべき最大の危機は違っているはずです。

初めに設置されたのは地下でしたが、その後移設など何回かの危機回避のチャンスはあったはずです。

新しい年度の予算化の度に危機管理の考え方が着実に引き継がれていたら、本来分散されるべき非常用電源が1か所に設置されている事態には至らなかったと考えられます。


トピックス:フォルトトレランス2

福島第一原発の非常用電源がなぜ地下にあったのか

アメリカの自然災害の最悪条件の一つにトルネードなどの強風があります。
(福島第一原発はまだ時代が古く、設計の安全管理技術は全てアメリカ仕様でした)

さらに次の疑問が浮かびます・・・
トルネードに備えると確かに地下には思い当たりますが、
なぜ何台もある非常用電源が(分散されず)同じ場所にあったのでしょうか?

非常用電源の設置条件を考えてみましょう。
現在の世界標準では非常用電源は一つの原因で全てが機能しなくなるリスクを避けることがコンセンサスだと理解しています。
この考えからは複数の電源を「異なる場所」に設置するモデルが考えられます。

福島ではどうだったのでしょうか?

NHKで公開された情報からの分析:
第一原発の礎を作った世代は電源の増設時などにリスクの分散の考えていたようです。
2000年代に入る前には何箇所かに分散していたと報告されています。
しかしなぜ世界標準に沿った形だったものが、
あえて日本ではそもそも安全とは言えないはずの地下に集められたのでしょうか?

本来最優先されるべき安全が、長い間重大な事故とは無縁だったため、
いつの間にか「コストや無駄の削減など合理化が優先されていた」ことが問われる結果となっていると考えています。

せっかく確保された改善予算がリスクの分散には向かわず、メンテナンスの容易さや場所の確保に向かう結果となっています。
その結果、異なる場所にあった非常用発電機まで同じ場所(発電建屋の地下)へと移設される結果となりました。
これは改善に名を借りた、安全無視の対策です。

品質改善や合理化が対象ならこの同じ場所への移設・集合化は本来賞賛されるべきものですが、人命にかかわる安全・危機管理ではメンテナンス性や無駄を省くことに優先する考えがあります。

残念ながら福島第一では世界標準の危機分散のリスクマネージメントの方向には向かわなかったのです。

結果的に想定外の津波が押し寄せた場合はこの時点で初めから全滅する危険を内包していたことになります。

ではどうしておけばよかったのでしょうか?

異なる場所:原子炉建屋と発電建屋、異なるフロア(地下以外で)など設置の場所を変えておく必要があったのです。
(原子炉建屋は放射能漏れを防ぐため、発電建屋に比べ外部との機密性も優れており、結果としての防水対策も施しやすいなどの側面があります)


トピックス:フォルトトレランス3

万が一に対する備えとは?

NHKの公開された情報から何回も行われた住民説明会での質問に関して、東京電力から考えられない答えが返っていたことが解ります。

Q:「福島原発で万が一事故が起きたら、どうするのですか?」
A:「この原発に万が一はありません。5重の安全に守られた原子炉から放射能が漏れるような重大な事故は絶対に起こりません。」

これは住民の不安を避けるなど、一定の意思をもって発せられたメッセージであると考えられます。
これはこれで別の問題がありますが、ここで取り上げたいのはこのメッセージは単に住民側への説得に止まらず、いつのまにか東京電力内部に対しても浸透していたと思わざるを得ない現状です。

安全危機管理では万が一を想定する必要があります。
絶対に起こしてはならない危機なら、それが「起きる手前で止められるように」起きると考えて備える必要があります。

絶対起こしてはならない事故で、想定外がおこってしまったら、「それは想定外でした」ではすませられない事態だと考えられるからです。

放射能漏れが絶対に起こしてはならない事態なら、
「万が一はありません」としてそのことが起きた場合を想定しておかないことは多くのリスクを抱えることになります。

例えば起きた後まで想定しないと本当に直前まで備えているかどうかの視点が狭められてしまいます。最後の砦が本当に有効に働くか実際に確かめておくことが欠かせません。
また備える事態を考えたくなくても、最悪の事故後の二次災害を最小限にとどめるための備えは欠かせないはずです。

安全神話が独り歩きして、「日本の原発は安全でも世界のトップレベルにある」と過信していたと言わざるを得ない状況だったと思われます。

東京電力でも原子力発電に係わる部署は特別扱いとなり、
だれも初歩的な誤りを指摘できない状況に陥っていたと言えると考えられます。

確かに技術力ではトップレベルにあるかもしれません。
高い技術力と高品質がイコールでそのまま高い安全性には繋がらない事例は他にもあります。


トピックス:フェイルセーフ1

高品質と壊れないことイコール安全ではない!?

福島の非常用電源の事故から学ぶにあたって非常に参考になる内容を含んでいます。
実は学ぶべき状況が家電の世界でも起こっています。
ちょっとそちらも参考に見てみましょう。

日本の家電製品は世界一の品質だと言われています。
高性能・多機能にとどまらず、品質が良く管理され、なかなか壊れません。

10年以上たった電気製品が動いているのは当たり前かもしれません。

このこと自体はとても素晴らしいことです。
世界に誇れる日本の製品だと思います。高品質と性能にかんしては・・・

しかし15年以上回り続けた扇風機が最後に壊れるときに火を噴く事故が報告されています。

これは15年以上も壊れずに動いてしまうことが問題の原因の一つになっています。

ユーザーは動いていると何も考えずに使い続けてしまいます。

ところが機械全体では動作可能だとしても、部品には寿命があります。
とくに電源周りでショートなどが起きると火災の原因となります。

コンデンサーなどは寿命の範囲では壊れた場合でもショートせずにオープンになるように設計されています。オープンならショートして発熱し、火災になることはありません。
しかし10年を超えて全体が劣化を続けた場合、コンデンサーを含め周辺の絶縁体やケーブルなどに想定外の壊れ方が発生するリスクがあります。

壊れることが当たり前として、壊れた時に危険側と安全側を考え、想定内で設計通りに働けば必ず安全側に壊れる考えがあります。
アメリカで先に進んだ手法ですが、信頼性設計の中のファイルセーフと呼ばれる設計法です。
ファイルセーフはこちらのサイトを参考にして下さい ー>
 
信頼性設計の組織への応用


電源周りのコンデンサーや絶縁体、ケーブルなどはこれらの考えにそって選ばれ、10年以内ならこのファイルセーフにしたがって壊れるように設計されているはずです。
しかし10年を超え20年に近づいていくと、想定外の壊れ方が起こっているようです。

どこか似ていると考えられませんか?

想定内では壊れないように設計され、高品質で作られ、いままで深刻な危機もなく動作していた。

ところがある日想定外に出くわすと、いとも簡単に最悪の事態を引き起こす可能性があること・・・

一つの学ぶべき基本がそこに見出せます。

絶対壊れないように設計・管理するのではなく、壊れる場合を想定して本当に壊れる前に安全に使用を止めること。または壊れても安全な範囲に止まること。
(表現では想定外を作らないなどの厳しい考え方もあると思います。)

子供の命を守るために忘れないようにしたい考え方です。



トピックス:フォルトトレランス4

ミスは起きると考えて備えること

福島第一原発の事故が人災だと言われていることにはいくつかの原因があります。

福島第一がアメリカの当時の安全思想を反映した設計そのままだったことはすでにお話ししました。

実はこの中には最悪の事態を設定したフォルトトレランスの考えによるバックアップの仕組みがありました。
(フォルトトレランスは事故・故障に対する手法の一つで、バックアップで補う考え方です)
フォルトトレランスはこちらを参考にご覧ください。−> 
信頼性設計を組織に応用する

福島第一にも全電源を喪失した時でも電源を使わないで冷却水を循環して、原子炉を冷やす仕組みが組み込まれていたのです。
これは機能が限られ、最悪の事態(原子炉の溶解)を回避するために時間を稼ぐためのものです。
少しでも時間を稼いで、その間にどれかの電源を回復させ、最悪の事態をさける考え方です。

しかし、「絶対重大事故は起こさない」「放射能漏れは絶対起こさない」考え方はこの事態には至らないようにする考え方です。
せっかく最後の砦としての時間稼ぎの仕組みがあったのに正しくつかわれないまま事故に至ってしまいました。

いったい何がこの結果を招いたのでしょう?

NHKで公開された資料からはこの仕組みはマニュアルにはあるが、ほとんど実施のための訓練が行われていなかったことが見て取れます。
最悪の事態をさけるためにはこの仕組みを使う以前に止めるべきだとの考えがあり、ここに至らないための方策を優先していたのです。
この仕組みの取り扱いが結果的には軽視されていたことになります。

現場でも認識に食い違いが見られました。この仕組みは一度動作を始めたにも係わらず、放射能漏れを恐れていったん手動で停止されました。
そのご数時間して再開されますが、効果的な運用とは言い難い状況だったと思われます。

訓練がなかったことと、現場での作業の困難さと指示系統も乱れたことから効果的な運用は行われなかったことになります。

深刻な事態を絶対起こさない取り組みは評価されるべきですが、想定が不十分だったことになります。

全ての電源を失わない前提で想定されたために取り返しのつかない結果を招くことになりました。

14mの津波は確かに1000年に一度の規模かもしれませんが、想定を誤らなければ防げたはずです。
しかも起こさないことに集中し過ぎたことと、過信があり、未曾有の自然災害がきっかけで起きた人災と言えると思います。

子供の命を守るためには起こしたくない事故は視点を広げるために起きると考えて備える必要があります。

絶対に事故を起こさない考えからでは、最悪の事態の直前で止める方策の範囲が狭められる結果となります。

また事故の影響を少しでも軽減するためには起きると考えて準備し、検証しておくことがとても大切です。

子供をうしなった学校行事中の事故と福島第一原発の事故には明らかな共通点があります。

絶対に事故は起こさないという視点と、そんなことが起きるはずはないという過信です。

大切な命を守るためには事故は起きると考えて備えることが欠かせないと考えています。



トピックス:フォルトトレランス5

福島第二原発にあって第一原発になかったものとは

今日は福島第一原発の非常電源損失の事故が人災といわれる理由をもう一つ取り上げてみます。

ほぼ同じ福島のロケーションに在った福島第二原発はいったいなぜ最悪の事態を招かなかったのでしょう?

早速原子炉溶解に陥った福島第一原発と原子炉溶解を免れた福島第二原発とを比較してみましょう。

明暗が分かれた決定的な違いが第一と第二にはあります。

14mの津波に備えていなかった状況は実はどちらも変わりりません。
(こちらは後日取り上げたいと思います)

ただ最悪に備える条件は違っていました。

以前お話しした通り、先発の福島第一原発ではアメリカからのターンキーパッケージで受け取ったため、最悪の備えは竜巻やハリケーンと言わざるを得ません。

しかし、後発の福島第二原発では改訂された思想や日本の事情に備えた技術が取り入れられおり、対地震の考えが追加されました。

第二原発では非常用電源もより強度と放射能漏れを防ぐ意味から密閉性の高い原子炉建屋に設置されました。
(福島第一原発では非常用電源は海側で相対的には気密性が高くない発電建屋に設置されていました。)

強大な地震の揺れにも係わらず、どちらの原発も安全に停止しました。ここまでは素晴らしい実績だと言えると思います。

しかし想定外の高さの津波が押し寄せた時、第一原発は建屋の周りに押し寄せた津波が簡単に発電建屋の地下に浸水することを想定していませんでした。

いとも簡単に非常用電源が設置された地下まで大量の海水が浸水したのです。
結果は非常用電源が全滅という悲惨なものになりました。
現在の原発では安全停止しても高温な燃料棒を安定して冷やし続ける必要があるからです。
安定的に水の沸点よりゆとりを持たせた低い温度を保てないと原子炉が高熱に陥り、やがて溶解します。

福島第二原発では14mの津波には備えていませんでしたが、強大な地震に備えてより強度の強い原子炉建屋に設置していたのです。
結果的に原子炉建屋は強度だけでなく、放射能漏れの重大な事故に備えて気密性も高めていたことから、非常電源を浸水による事故から守ることができたのです。

第一では非常用電源を含めて全電源を喪失しましたが、第二は第一と同じように外部電源は喪失しましたが非常用電源だけは残りました。
第一では原子炉溶解から放射能漏れを起こしましたが、第二では最悪の事態には至らなかったという明暗を分ける結果となりました。

ただ結果的には第二は最悪の事態を免れましたが、リスクの分散では決して十分ではなかったことを正しく認識しておく必要があります。

子供を重大な事故や危機から守るためには簡単に想定外を起こさない準備と備えがとても重要になることを福島の事故は教えてくれていると思います。



トピックス:フォルトトレランス6

内部レポートはなぜ生かされなかったのか

福島原発では14mの津波に対する備えが十分ではありませんでした。

なぜ重大な結果をもたらす想定外が受け入れられていたのでしょうか?

東北沖と同じようにスマトラ島沖では巨大地震が発生します。
2004年にはマグニチュード9を超える巨大地震と津波が発生しました。

これを受け、政府は東京電力に対策の検討を指示しています。

東京電力内ではワーキンググループの様な形で勉強会が持たれたようです。
一方でスマトラ島だけでなく、過去の地震の調査法も進歩し、869年に起きた貞観地震では今回と同じような規模の津波が発生したと考えられています。

複数の調査法で今回と同じような内陸の地点まで押し寄せた痕跡が発見されています。

東京電力の内部レポートでも福島沖で10mを超える津波の可能性が報告されていました。
せっかくの内部からの警告レポートがなぜ生かされなかったのでしょうか?

一つには前例のない対応だったことが挙げられます。
今まで東京電力だけでなく、日本国内ではそのような事故事例が起きていないこと。
4mの津波に備える例はあっても10mを超えるような対応例は一件もないこと。

今まで一件も起きていないことは過去どれくらいまで遡るべきなのか?議論が熟していませんでした。

コストダウンの意識もマイナスに働いていたと考えられます。ほとんど起きる可能性の無いことや過去に事例の無いことに費用は掛けられない傾向があるからです。

人の命にかかわる安全・危機管理では安易に想定外を許すことはできません。

今回は津波だけでなく、国と東京電力の安全基準の対応も問題となっています。
なんと日本では全ての電源の喪失を前提としなくても良いと明言されていたのです。
これは問題が大きく、また別に取り上げたいと思います。

ところで原子炉の内圧が危険なレベルに迫った時、安全弁を開くことがあれほど躊躇されたのはその悲惨な結果はシュミレーションが出来ていたからです。
一度も起きていないが絶対に起きてほしくないことには想定外が許されないはずです・・・

子供の命を守るためには今まで起きていないことは安心の対象にはなりません。
過去の事例だけにとどまっては今までにない危機が差し迫った場合に判断を誤る可能性があります。

絶対に起こしたく事故なら、安易に想定外を作らない覚悟で取り組む必要性を福島の事故は語ってくれていると思います。



トピックス:フォルトトレランス7

原発は最も安全と思われていた

未来ある子供を守るために福島第一原発の事故に学びます・・・

「全電源の喪失は日本では考えられない」

したがって非常用電源まで含めたすべての電源が喪失する事態は想定する必要はない。

これは自らもっとも起こしたくない事故に対する備えを放棄する考え方です。

なぜ世界最高レベルを自負する日本の原発でこのような指針がまかり通っていたのでしょう。

政府と東京電力や原子力保安委員会まで含めて、メンバーは原子力を安全に推進する立場だけになっていたからです。
すでに世界最高水準に達しているという自負と自信が安全危機管理から遠ざかる方向へ向かってしまったのです。
絶対に起こしたくない危険を管理しながら、いつのまにか絶対起こるはずの無い事態は想定する必要がないと勘違いをしていることに気づかない組織に陥っていたと言わざるを得ない状況だったと思われます。
事故が全く起きていなかった状態に惑わされ、安全よりコストダウンや合理化に偏っていることに気がつかないまま改善に取り組んでいたことになります。

なれあいと揶揄される事態は全電源の喪失を想定しないことを認める理由を安全管理側が当事者の東京電力に求めていたことが象徴していると思います。
日本が誇った品質管理では作る側の設計と品質の管理側は相対する立場から製品を検査し、使い手の満足と安全を確保して出荷していたはずです。
ましてや安全管理では異なる立場での毅然としたチェック体制が維持される必要があったはずです。
あんなにも見事に合理的に原子力を進めるために理論武装していると、だれも基本的な事項は外部からは指摘すらできない状況に陥っていたと言われても反論は出来ないと思います。

子供を守るためには時に担任や専門職でもあえてそれがほんとうに子供を守るためになっているのか?つねに問いただす姿勢が欠かせないことをこの福島の事故から学ぶことができると思います。



トピックス:原因と結果分析

伝統は守っても環境の変化には新しい対応で

子供を守るため、昨年暮れから書き綴っている福島第一の原発事故に至った(学ぶべき)要因を列記してみました:

学ぶべきことは多肢にわたっていますが、原子炉溶解の重大事故にいたった要因をここでは全電源喪失に関することに絞っています。

以下は厳密な意味での原因結果分析ではありませんが、この一週間の内容を整理してみると一つの原因-結果系が浮かび上がってきます。

原因系:
■「この原発に万が一はない」「日本では全電源を喪失する事態は想定する必要はない」などの過信が蔓延していたこと

■検証は悲惨な結果を生む放射能漏れを絶対に起こさないことに集中して、放射能漏れが起きた場合の想定はほとんど実施されていなかったこと

■福島にも10mを超える津波が押し寄せる可能性があるとの内部報告を生かせなかったこと。(最近では1100年前にの貞観地震のときには今回と同じように内陸部に津波が押し寄せた痕跡が見つかっています)
  
結果系:
■絶対に喪失してはならない全ての電源、外部に止まらず非常用電源さえ全てを失ってしまったこと。

■海岸線に近いのに全ての非常用電源が地下に集められていたこと

■非常用電源は耐震性が大きく、機密性の高い原子炉建屋ではなく、一般的な構造の発電建屋に設置されていたこと

「重大な事故も想定外の災害も発生していない」年月を重ねるうちに、人間にありがちな過信と勘違いが例外なく組織を蝕んでいたようです。
想定外の規模の議論が熟さないまま、本来の安全危機管理のリスク分散の考えから外れてしまっていたことが大きな要因と言えると思います。

リスクマネージメントが十分ではない、安全危機管理が危険なレベルに落ちていた時に1000年に一度の大災害が襲ってきたと捉えることができます。

日本一高いレベルで維持されるべき、原発の安全危機管理においても判断を含む人的ミスは例外ではないことを如実に物語っていると思います。

ありえないことが原発の組織で起こっていたわけですから、学校やPTAや地域の組織で同じように安全危機管理がおろそかになっていないでしょうか?

特に学校やPTA組織が存続や維持自体が目的となって、変化や新しい環境への適合で対応に大きな遅れを取っていることはありませんか?

伝統の維持は素晴らしい文化ですが、変化を嫌がる/恐れる感覚を失わないよう十分に感度を上げておくことが大切だと考えています。

今を生きる子供達を守るために基本から見直すための良い機会だと捉えるべきだと考えています。


トピックス:パンドラの箱

人は本当の意味で原子力を制御できていない?

私自身「子供の命を守る」動機からに福島の事故を通して現実の原子力の利用を学んでみると、今更ながらひとが核分裂や核融合を制御できているとは言えないと感じました。

その中でも特に原子力発電に関していくつか強く疑問に思ったことがあります。

ひとつは使用済み燃料棒の最終処理技術が確定していないことです。

現在の科学力では放射線の影響を避ける(封じ込める)技術は非常に限られています。

だからこそ原子力発電から安全な「ひとが制御できる発電方法」に置き換えていくことは必然だと考えています。

ただ自己矛盾に陥ってしまうことがあります。安全に科学技術で原子力発電所を廃炉していくには条件があると理解しています。

今の科学技術は理論と実験・実践で成り立っています。原子炉を安全に廃炉することも使用済み燃料を安全に処理することも
実験用の原子力発電所を含む最低限の原子力発電設備を維持しないと作業は進まないと考えられているからです。

いきなりのゼロは廃炉に向けての作業にも大きな影響があると考えられます。
最終処理を先送りしてスタートした原子力発電はストップするにも慎重な段階が必要になると考えられるからです。(始めてしまった事を見直す必要があると感じます。)

燃料棒の処理すら先送りされているのに加えて、人里を含む山や川に広範囲に拡散された放射性物質の集約とそれを取り除くことはその方法と最終処理を同時に確立しながら進める作業になります。(丁寧で忍耐強い作業が要求されるのは明白です)

それでも冷静になることにしていまの原子力発電所の抱える問題を整理してみます。

現在は大きく二つの考えで対処しようとしていると理解しています。

1.現在の科学では消したり、減じたりすることができないことから再利用を可能にし、さらに効率を上げることで使用量を増やさないサイクルを作る方法。

2.自然に影響が無くなるまで何十万年規模で、人の生活に触れない範囲に隔離する方法。
(北欧などでは頑強な岩盤に1km程度の地下深くに隔離設備を設けています)

核燃料サイクルがうまく回せないまま、使用済み燃料棒が青森の処理施設と各原子力発電所の貯蔵プールに増え続けている現状です。

処理技術を開発しながら、実際の処理を先送りしながら日本の原発は走り続けていることになります。それも限界に近付いていることが今回の事故をきっかけに知ることができました。
(子を持つ保護者の一人として私自身もっと以前から深刻に理解しておく必要があったと反省しています)

目の前の手の届くところにいる子供を守ることとに加えて、日本に、いえ地球にいきる子供達を守るためには科学・技術だけでなく政治の力をかりた地域、日本、世界のそれどれのレベルでの安全な原子力の制御を進める必要があります。
とりわけ原子力発電所を考えてみると今回の事故のように放射線を出す物質が広範囲にまき散らされた場合は効率のよい有効な手立ては今のところ見つかっていません。
(福島周辺の作業を悲観しているわけではありません。)
理由は放射線そのものを減じるまたは半減期を早めるなどの技術は確立していない(現在はない)からです。

だからこそ、「原子力発電をひとが制御可能な発電システムへと転換していくことが急務」だと考えています。

ミスは起きると考えて子供を守ることに身近なことから取り組んではいますが、身近にあってひとの力では手の届かない部分がある原発事故にどう備えるべきか?頭をかかえながら取り組むべきことを探す日々です。




学校行事中の重大事故から子供を守る

事故事例の復習(人的ミスは必ず起きると考えて対応する)







































今を生きる子供達をご一緒に守っていきたいと考えています・・・

今更聞けない人に。CMSのすすめ